木村惠白老師の一隅照顧 (その三)

無位の真人(しんにん)

目でものを見

耳で聞き

鼻で香りを感じ

舌で味わい

脚で歩く

この素晴らしい働きをしているのが自分自身です。

人間はいつも立派な人間になろうとします。

生存本能が働き

今より少しでも良くならなければ生きて行かれないという

無意識の潜在意識が働くのでしょう

でも自分の評価は他者がするものです。

私はこんな人間だからと自らが言っても

第三者が違うという様に感じれば

その人の評価は第三者にゆだねられます。

そうなると自分は自分ではないのかという思いになります。

みんな自分の個性を出したいと願っています。

でも本当は特別な何者かになる必要は全くないのです

貴方は貴方のままで素晴らしい

それが冒頭のタイトルの言葉の意味です。

自己の素晴らしさに気づくことが真意です。

無位の真人に続く言葉は、随所に主となる

どんな処でも自分の主体を持つこと

更に(かっ)(ぱつ)撥地(はっち)と続きます

いきいきと生きようという意味です

臨済禅師の言葉です。

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