令和7年(2025) 4月25日付け
色々な質問投稿有ります。
(´ヘ`;)フェー忙しい
日本と世界中の物価高の昨今 貧乏神の続きで
『豊川稲荷に行ったときに、貧乏神をお払いする、やり方と禊ぎはらいの祝詞を教えて下さい。』との質問でした。
( ¯⌓¯) 割り込みィー
(N_o) ☆\꒪⌓꒪ 今度はなんだョ
いェネ 一燈社の老師〈惠白先生〉から貧乏神対策というんでしょうか
コンナン来ました
《積善の家に余慶あり》ってんです
それ余計じゃないノー( ˙_˙ ) ☆\f(^_^; 違ゥー
〈老師いわく〉
『禅の教え 花も美しい 月も美しい
そして
それに気づく心が美しい
普段は何気なく見過ごしてしまう野の花や花屋さんの花
夜空に輝く月灯り
ある時
「ああ、美しいなあ!」と心に思う時がありませんか
きっと一度や二度は思った事があるかと思います
私は一度月を見て「ああ、月ってこんなに美しくきれいなのだ」と
心奪われたことがあります
普段は何気なく見過ごしてしまっていた
心に余裕が無かったのでしょう
世の中で自分に起きることは何かの縁があって起きるものです
無関係に起きることはないのです
何故なら自分の身に起きたことなのですから
京セラ創業者の稲盛和夫氏の言葉を思い出します
この世に自分に起きることはすべて必然で偶然ではありません
どんな悪い事も良いことも起きるべくして起きると言えます。
必然を良い方向に向かわせるには
善行を行うのを常日頃から心がける事が大切です。
積善の家には必ず余慶あり
積不善の家に必ず余殃あり
という言葉が改めて心に迫ってきます
』
f(^_^; 余ユーを持ちなさいってことでは?
バカ꒪⌓꒪/ 善行と不善行のこと!その積み重ねは家庭の一大事なんだョ
オタクは社員なんだからこれが「易経の文言伝(ぶんげんでん)」に書いてあるくらい知ってるだロー
p-.-q;…ソレ急に思い出しましたが
貧乏神が居るくらいですから”不善”も相当溜まったんですな
ンで 溜まった不善は不善を呼びますから早いとこ貧乏神に退散ねがいましょう
まず事前参詣当日の潔斎や禊払いは大切なのはお分かりでしょうから
さっそく
鈴をならし賽銭の奉納、二礼二(四)拍手し天津祝詞の奏上のあと粛然と格調高く『鬼わ内、福わ外』とやらかします。
(゜◇゜)☆\(^^;) なんで鬼を家の中に入れんるだ。適当なことをゆ~ナ!!
まず貧乏神というのはタマタマこの方(や○○家)に来たわけでなく、その家を零落させる理由があって神界から派遣されているので、『貧乏神様いつまでも私の家にいてください』と貧乏神を“ひきうけてしまう”のです。
『人生が変わる引き受け氣功』によるとその中心の考え方について「引き受けること。逃げないこと。現実をがっちり受け止めて、それを笑いながら引き受ける。」ことと説明されております。
(@□@;)☆\(^^;)どうも変だと思った。おまえ”引受け氣功”の回し者カー!
q -.- p;…では、貧乏神なんかイヤだと拒否するとどうなるか。
昔話では...
「働いても働いても貧しい家が有りました。女房殿が心配して『これは我が家に貧乏神がいるんじゃないか』と言い出し、杉の葉をもやして煙でいぶし、ほうきで叩きまわると上から転がり落ちてきたのを夫婦でやっと家から追い出した。一息ついていると家の戸をドンドンとたたくものがいるので明けてみると貧乏神。おどろいて『入るな!お断り!』と必死にどなると貧乏神は涙声で『これでおいとましますが、後に残したせがれどもが10人ほどいますが、よろしくお願いします。』」という落ちになってます。
(N_o) ☆\(^^;)今は“大峠”でみな苦しいんだからケチケチしないで良い祝詞!教えロー!
f(^_^; ヨゥがす 祝詞の御開帳は”次回”ということでお開きィー
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